|
「痛み止めがこれで、抗生物質がこれか。そして薬から内蔵を守るための薬が・・・って、種類多いなぁ。でも痛み止め飲んでる割に効いてないように見えるんだけど」 薬を飲むための薬が幾つもあり、スザクは眉を寄せた。 毎食後に飲む薬、特定の時間に飲む薬。 一体何種類ルルーシュは1日に飲むのだろうか。 コレを全て覚え、ちゃんと飲ませるということだけでも大変だと、メモ帳を開きひたすらペンを走らせた。 「痛み止めが効いていないわけではないんですよ?」 「あんなに痛そうなのに?」 ルルーシュたちの荷物を紐解きながら話すナナリーに、スザクは眉を寄せた。 「はい。ただこの痛み止めは眠くなる作用があるので、効いている間はこうして眠ってしまうんです」 タンスの中に衣類を片付けながらナナリーはそう言うので、スザクは視線をベッドの住人に向けた。あの後、軽い食事と薬を飲ませると、気を失うように眠りについた。 それはつまり薬の効果で眠ったということなのだ。 反対に、先ほど目を覚ましたのは薬の効果が切れたからということ。 そういう理由なら、もう少し効果が薄くてもいいから睡眠作用のない薬はないんだろうかと考えてしまう。 ルルーシュが起きていたのはたった30分で殆ど話せなかった。 短すぎて物足りない。 苦しむ姿は見たくないが、話がしたいから薬が切れて早く目を覚ませばいいのにと勝手なことを考えているのだから、やはり枢木スザクという人間はどこまでも自分本位で身勝手で、浅ましいのだと思い知らされる。 この10年でそんな自分を消し去ったつもりで居たが、ルルーシュが生きているというだけで、あっさりと昔の自分も戻ってきていた。 口調も既にゼロのものではなく、あの頃の枢木スザクのものだ。 ルルーシュを殺し、スザクも死ぬ。 それがゼロ・レクイエム。 ルルーシュが生きているなら、スザクが生きていてもいいのだと開き直るしか無い。 今からまたゼロに戻れと言われても、戻れると思えないし、戻りたくもなかった。 冷えきっていたはずの心が今は温かい。 喪失感も消え去り、心にぽっかりと空いていた穴も埋められた。 心は満たされ、幸せだと思う気持ちが溢れだしている。 これを手放すなんて、出来そうにない。 「医療品はこのトランクに纏めておくよ。いざという時に持っていけるようにしないとね」 「そうですね。お兄様の荷物は纏めておかなければいけませんね」 「うん。ブリタニア側に記憶を持つものが居るなら、此処も安全ではないからね。後でリュックでも持ってくるよ。それに皆の分、最低限の物だけでも纏めて入れようか」 ジェレミアがリュックを背負ってルルーシュを運び、スザクが医療用品を持ち、ナナリーの手を引くのが逃げる時ベストな形だろうか? いや、それなら医療用品も背負うほうがいいのかもしれない。 スザクが医療用品と重い物、ナナリーがそれ以外を背負い、ジェレミアがルルーシュを背負う。それなら三人共両手が使えるから、背負い紐を用意した方がいいだろうか。 そんな話をしていると、コンコンとドアをノックする音がした。 「はい、どなたですか?」 ナナリーが扉に向かい声をかけた。 長年目が見えなかったため、足音で判別できてはいるが、念のためだ。 「ジェレミアです。よろしいでしょうか」 「はいどうぞ」 そう言うと、ジェレミアが失礼しますと扉を開けた。 「ジェレミア卿、外の様子は解りましたか?すみません、本当なら僕がついて案内するのがいいんでしょうが」 ルルーシュが動けない以上、スザクとジェレミアが二人揃って此処を離れるわけにはいかず、ジェレミアは一人周囲の情況確認のため屋敷周辺を歩いてきたのだ。 「いや、ある程度把握できたから何も問題はない。夜になったらまた見て回るつもりだ」 「そうだ、今度藤堂さんにお願いして、この近辺の案内をしてもらいましょう」 家の周辺はジェレミア一人でも歩き回れるが、人のいる場所となると難しいだろう。 藤堂やスザクが共に入れば、近隣に済む者達も悪さはしないはずだ。 「そうだな、流石に私一人では悪目立ちすぎるか」 「ええ。この土地にブリタニア人というのは、今はあまり良く思われていませんから」 スザクは苦笑しながらそう告げた。 幼いころのルルーシュが買い物に行った時のことを思い出す。 大人達の態度もあるが、子供はルルーシュを見つけるたび暴力を振るっていた。 そういえば、彼らも今はまだ生きているのか。 あの戦争で、この周辺は焼き野原になった。だから殆の者があの時、死んだのだ。 「ああ、そうだ。忘れるところだった。ルルーシュがすぐ寝ちゃったから聞きそびれたけど、マリアンヌ様とルルーシュを襲った犯人はわかっているんですか?」 その言葉に、ナナリーは困ったように眉を寄せ、ジェレミアは首を横に振った。 「以前と同じだ。ルルーシュ様を襲ったのはテロリスト。マリアンヌ様とルルーシュ様が共に居た時に、襲撃されたらしい」 「つまり、犯人はナナリーの時と同じでV.V.ということですね?ということは、ルルーシュの目もやはりギアスで閉ざされていると見ていいのかな?」 ならば、この目はまた開くということか。 ルルーシュは意志の力でギアスを打ち消せると言っていたから、体が回復したらきっと見えるようになるだろう。種がわかっている以上、ルルーシュは意地でも皇帝のギアスに打ち勝つはずだから。 「え?何のお話ですか?V.V.とは誰ですか?私の目がギアスで、という話はどういうことですか?」 ナナリーは眉を寄せ、困惑した表情でそう訪ねてきた。 その反応に、ああしまった、誰も何も話していなかったのかと、思わず顔を背けてしまった。 ナナリーは自力で皇帝のギアスに打ち勝った。だが、その時視力は回復したが記憶までは戻っていなかった。 そしてジェレミアは彼女にキャンセラーは使っていない。 ルルーシュのギアスも打ち消してしまうから、ナナリーには使えなかったのだ。 だから失明の原因も、あの暗殺事件の真相も彼女は知らなかった。 「お母様を殺したのはテロリストではなかったのですか?ギアスということは、お兄様意外にもそのような力を持つ者が居たということですか?」 顔を背けたスザクに詰め寄りながら、ナナリーは真剣な顔で訪ねてきた。 ナナリーはルルーシュのギアスとジェレミアのキャンセラー以外存在していないと思っているのかもしれない。 そういえば自分もその話題には一切触れなかったなと、考えていると、ナナリーが頬をふくらませて此方を睨みつけていた。 説明しろという無言の圧力に負けて、口を開く。 「えーと、何も聞いて・・・いないんだね」 「はい。何も聞いていません。教えてくださいスザクさん。ジェレミア卿もご存知なのですね?ではお兄様も?」 「ルルーシュが一番詳しいと思うよこの話は。え-と、どこから話せばいいんだろう。・・・V.V.からでいいか。V.V.は皇帝の双子の兄で、あの襲撃の犯人なんだ。そして皇帝の共犯者。だから皇帝は犯人を最初から知っていたんだ。きっと今も一緒にいると思うよ。ルルーシュの話だと、皇帝をマリアンヌ様に奪われると思ったV.V.が、テロを装ってマリアンヌ様を殺したんだって。ナナリーは本当はその時その場に居なくて、目撃者が欲しいからと、既に事切れたマリアンヌ様の腕に無理やり抱かせ、足を撃ったんだそうだよ」 「そんなはずありません!私はハッキリとあの時のことを覚えています!」 テロリストがアリエスに襲撃した時のことを覚えている。というナナリーの言葉にスザクは首を横に振った。 「それは嘘の記憶なんだよ。記憶改竄のギアスで、偽りの記憶を埋め込み、その目蓋も開かないようにしていたんだ。ナナリーは聞いてないかな?ルルーシュがブラックリベリオンの後1年の間、記憶改竄のギアスでナナリーのことを忘れ、替わりに偽物の弟と暮らしていたこと」 「・・・知りません。生徒会の方が私を忘れていることは聞いていました。ジェレミア卿が解除してくれましたから。ですがアレはお兄様のギアスで忘れていたのではなかったのですか?お兄様は・・・私を忘れていたのですか?」 「うん。ナナリーのことだけじゃない、自分が皇子だということもマリアンヌ様のこともね。その頃の彼の記憶では、一般の家庭の生まれで、兄弟は弟一人。両親はブリタニアにいることになってた。更に言うなら、その少し前は皇帝に忠実なブリタニアの軍師に作り替えられていて、EUの戦場で司令官をしていたんだよ」 スザクの言葉に、ナナリーは驚き目を見開いた。 「・・・そんな事が可能なのですか?」 ブリタニアを憎んでいたルルーシュが、ブリタニアのために戦場に出た。 その事実にナナリーは信じられないというように首を振った。 「可能なんだ。当時ナイトオブセブンだった僕は、軍師に作り替えられたルルーシュの護衛としてEUに居たからね。ああ、記憶改竄のギアスを持っていたのはシャルル皇帝なんだ。皇帝はギアスで君の記憶を改竄し、目を見えなくしたのは、日本に送ったのと同じ理由で、愛する君を守るためだって言ってたよ」 「お父様がそんな!この目が見えないことで私が、お兄様がどれほど苦労したと!」 幼く愛らしいその顔に、怒りの表情を乗せ、ナナリーはそんなものは愛ではありませんと首を振った。 「ほんとだよね。愛しているって言えば、何をしても許されると思ってるんだから怖いよ。そしてね、V.V.はマリアンヌ様に似ているルルーシュも嫌っていた。きっとルルーシュを刃物で切り刻んだのはV.V.だと思う」 ジェレミアを見ると、眉根を寄せ鋭い瞳で思案していた。 「V.V.がですか。・・・いえ、確かにV.V.は私をエリア11に送った際にルルーシュ様がかけたギアスを全て解除し、ルルーシュ様を抹殺するよう命じて居ました」 「今思えば僕もルルーシュを殺すためにいいように使われてたんですよね。僕はV.V.の言葉が全ての真相だと、真実なのだとそう決めつけていた。だから彼の言葉には耳を貸さなかった」 言い訳をしない彼の性格を忘れ、V.V.が正しくルルーシュは全て間違っている、全てが嘘だとそう決めつけていた。 ナナリーを助けてくれという彼の言葉さえ、此方の油断を誘うための罠だと考え、信じていなかった。 だから彼を拘束した後、彼が開こうとしていた扉は無視し、すぐにブリタニアへ戻った。 ・・・今なら解る。 おそらくあの扉の向こうには、本当にナナリーが居たのだ。 V.V.は口がうまく、人を自分の思うままに操る才に長けている。 あの時、スザクはV.V.を疑うこと無く、意のままに操られた。 だが、もうスザクはV.V.に惑わされない。 ルルーシュの本当の姿を、ゼロレクイエムを通し知ることとなったのだから。 いや、思い出したのだから。 それはナナリーも同じだろう。 ジェレミアはV.V.に惑わされず、ルルーシュを信じ抜いた男だから何も問題はない。 「あの時代のことはともかく、今のルルーシュにこれだけのことをした報いはきっちり受けてもらわないとね」 スザクのこの意見には賛成だと、二人は大きく頷いた。 |